おっさん化したおばさんの独り言

おっさん化したおばさんのとりとめの無い独り言です

私が産業翻訳をしている理由

開業して10年になるが、医学の進歩は目覚ましく、大学や大病院のように常に新しい情報が黙っていても勝手に耳に入ってくる環境がなくなると、浦島太郎になる恐怖は大変大きい。

例えば、私が勤務医の頃登場し始めた分子標的治療薬は、現在、その数が信じられないスピードで増えてきており、開発中の物を含めると膨大な種類、数になる。分子標的治療薬の登場は医療の戦術を大きく変えている。

分子標的治療薬一つだけでもこうである。広い分野の知識を常にインプットし続けるのは相当の努力を要する。

 

日常診療、スタッフの給与計算等の診療以外の雑務、そして一応主婦なので家事がある。油断するとついつい惰性的に毎日を送ってしまう。

 

一方で、インターネットの普及によって、新しい情報の入手は以前には考えられないほど容易になった。

 

大学にいた頃、文献を調べるのに普通は図書館で探した。新しい文献は一冊ずつ新刊コーナーにあるが、古いのになると、一年分ごとに製本されてあり、分厚くなってしまった製本雑誌はコピーもしにくかった。また、製本中の期間は、その雑誌を読むことができなかった。マイナーな雑誌になると在学校の図書館にない雑誌もあった。その場合、他校の図書館からコピーを取り寄せる手続きをする。文献にたどり着く方法は、最初に読んだ文献の最後にある参考文献から孫引きの形で辿っていくことが多かった。

 

いつだったか、大学の図書館一階にコンピュータ数台が設置された。それでPub-Med が使用できることを知り、ほしい文献が簡単に見つけられるようになった。Summary だけならその場で印刷できる。本文を読む必要がある場合だけ実際の文献を捜せばよい。本当に感動した。

卒業後、私は、将来はどこでもいいから、大学の図書館を利用しやすい場所に住みたいと思ったものだ(申請すれば、全国の大学の図書館を利用できると聞いていた)。しかし、実際には、その必要もなくなった。

 

現在、私は、自宅にいても職場にいても、ほしい時にいつでも自分のパソコンからPub-Med を検索することができる。何と言う進歩であろうか。現在の私のパソコン1台は、20年前の大学の図書館まるごとを超えたと感じる。

 

すごい時代に生きていると思う。自宅で寝そべったまま、キーワードを入れて Enter を押すだけで世界中の文献を探すことができる。

 

最初に述べた通り、医学の進歩に置き去りにされる恐怖を覚えた私は、1~2年間、臨床の雑誌としては超有名な the New England Journal of Medicine (NEJM) を購入し読むことにした。自分の興味のある分野だけでなく幅広く勉強したいと思ったからだ。余談だが、NEJM を予約購読すると、ネットで過去の雑誌を閲覧することができる。紙の雑誌はもはや要らないではないか、のレベル。おまけに、その号のサマリーを音声で聞くことができる。恐らく、多くの世界中の医師、医療従事者が、通勤中の電車や車の中で、サマリーを聞きながら勤務先に向かっているのだろうと想像する。

今でも、この雑誌は購入している。あまり本自体は読まないが、会員の特権を失いたくないという理由で。(最近、某製薬会社が医師を対象に同様のサービスを開始した。次回からはNEJMの購読継続は不要になりそうだ)

 

学生の頃を思い出し、数か月は面白くて勉強に熱中した。しかし、日常に煩雑なイベントが発生して一旦勉強が中断すると、しばらく雑誌を開かなくなったりした。

 

どうしたらいいだろう。考えた結果、私は実にいい手を思いついた。勉強しながらお金をもらおうと思ったのだ。勉強に締切は大変重要である。「いつでもできる」は、「いつまで経ってもやらない」に移行しやすい。勉強を仕事にしてしまえば、責任が生じるからやらないわけにはいかない。

 

実際、その効果はテキメン。

強制的に仕事として文献を読むので、三日坊主はあり得ない。乗り気がなくて2,3日さぼると、後でしわ寄せが来る。 予定が狂うことはよくあることなので、とにかく早く手掛けて早めに仕上げるようにしないと精神衛生上よくない。年を取ると、睡眠時間を削って仕事をするのが段々つらくなってくる。睡眠時間を削らないためには、早めに仕上げる計画を立てるしかない。

 

翻訳は私にとっては半分道楽だ。というのも、全く私の仕事とは関係のない分野のものが多くあるからだ。だけど、これが面白い。眼科の手術、リハビリ、看護学、公衆衛生学、外科学、産婦人科。。。自分から進んでそういう分野の文献を読むことはない。仕事だから読む。でも、知らない分野だから面白い。

 

しっかり本業に努めよ、とのお叱りを受けそうで怖いのだが、もうしばらくは、こんな楽しい生活を止めるつもりはない。言い訳がましくなるが、知らない分野の翻訳が全くの道楽かと言うと、そうとも限らない。患者さんとの会話の中で、ちょっとしたアドバイスができることがある。たとえば、今、この分野はこんな具合に、ものすごく技術が発達しているから、とにかく、専門家に相談してみることを勧めますよ、という具合に。

 

産業翻訳については、仕事を始めてから知ったことがたくさんある。思う所もたくさんある。また、おいおい書いて行きたい。